米国の設計事務所での四方山話2022.01.14 [COLUMNS,コラム]

私は2001年より10年間、米国北東部のマサチューセッツ州ボストンの組織設計事務所にて建築設計の仕事をしていました。この度、私個人の日々の暮らしから見た米国都市生活、当地での建築設計事情について四方山話を御紹介したいと思います。

「米国のビジネス時間・契約主義」

朝8時に官公庁、銀行、多くの企業が業務を開始し、そして夕方5時か5時半には殆どの人々がワーッと一斉にオフィスを去っていくのですが、日本から来た当初は「どうしてそんなに急いで帰る?」と驚いてました。きっと、大切な人との時間や自分自身も大切にする価値観が根底にあるだろうと思いました。まあ確かにそうなのですが、結局は就業時間外は自分の時間だという「契約主義」に基づく流儀なのだと結論つけました。成果主義が根付いているお国柄ですが、あくまで契約時間(?)内だけに通用する話なのかもしれません。

また、多くの人が自動車で移動しているので、「仕事の後にちょっと一杯」と出来ないので早く帰らざるえないのかもしれません。

それから、「犯罪」も理由の一つでしょうか。日本もこの頃は物騒になったと耳にしますが、米国の日常生活では犯罪に対してかなり神経を使います。夕方以降のゴーストタウン化したビジネス街に居るのは安全上も得策ではなく、地下鉄やバスなどは夜7時にはあっという間に本数が減り、待っている間は周囲を気にしなくてはなりません。しかし、建築の仕事はこの国でも例外の部類の入るのでしょうか、どうしても夜遅くなってしまったり、週末も作業がある時だってあります。そんな建築家ライフを米国社会は「変わった奴らだなあ」と半分呆れているような・・・(そんな気がします)。

 

「お客様は神様ではない」

日々の暮らしの中で、間違った電話料金や二重請求の医療費もしくは保険料金へのクレーム、家や車の修理、米国人でさえ四六時中こんな事ばかりに振り回されるので、トラブル皆無の日本車が人気なのも納得です。修理などは信頼できる業者を探すのにも苦労するので、DIY文化もあって、自ら「修理」を楽しみ、サッシュを買って取り付けたり、タイル貼り、キッチンだって施工、もっと本格的なこともしています。

そんな日常生活を抱えていても、世界の経済大国、やるべき仕事は沢山あり、夕方までの限られた時間をいかに合理的に効率よく仕事するか・・・。会議やプレゼンなどは昼食時間までも利用し、サンドウィッチやピザ・サラダなど片手で摘めるものを口に放り込みながら仕事を続けます。まさにファストフードの国ですね。ビジネススタイルも、お客様が優先、目上・年長者が先、などと気遣う時間がもったいないのか、いきなりファーストネームで呼び合って本題に突入です。一方ではコピー・プリント一枚、電話代、出張・交通費など、プロジェクトに関わる全ての収支をPMがきっちり管理しています。「ここで負けて、あとで勝つ」という概念はないように感じます。また、仕事上と個人の責任を混同することはなく「これが出来なくても、世界が終わるわけではない」というのも、アメリカンビジネスです。これらのコンセプトが米国ビジネス精神の根本なのかなあと感じております。

 

「年棒制、二週間給」

私の勤務先に限らず、米国では年棒制を採用している企業が多い様です。毎年一回、更改を行い、前年の実績や新年度の希望などを会社側と話し合います。我々も会社側を査定します。年棒を分割した給料は月給ではなく二週間ごとに支払われるケースが多く、つまり二週間ごとに「Hire and Fire」のチャンスがやってきます。ご存知のように雇用と解雇を繰り返すのは米国の企業文化ですが、転職を繰り返す人がいる一方で一つの職場にとどまる人も少なくありません。そして、「勤め先にお世話になっている」よりも「勤め先に私がサービスしてあげている」と意識しているような印象を受けます。自分自身が「企業」という感覚なのかもしれませんね。

 

「インターン学生」

米国の多くの大学では単位の一つとして、実社会でのインターン研修を加えているようです。2・3ヶ月もしくは半年ほどフルタイムで他の先輩スタッフに交じって仕事をするのですが、「知らないことは恥ずかしい」など考えず、どんな些細な事でもあっけらかんと「すぐに聞く、教えてもらう」という学生さんが多いですね。また、初等教育でも「Show and Tell」という、自分の好きなものや特技について、いかにコレが好きか、なんでコレが好きか、いかに自分はコレが得意であるかと発表させ、人前で喋る、意見を言うという訓練をつけさせてます。それ故に米国の学生、いやいや全ての米国人は自分自身を見せる能力が高いのかなあと思うのです。

 

「外国人建築家・スタッフ」

我々日本人も含め、欧州、アジア、南米、色々なところから来ています。私の独断と偏見ですが、噂通り?ヨーロッパの人はランチが長いですねえ。「自分は自分」との意識を強く持っているような気がします。東欧出身者はパースを上手に書く人が多いのですが、そういう教育を受けてきたのでしょうか?。中国や韓国の人は残業、徹夜、週末、ガンガン働きます。母国では相当な高等教育を受けてきたエリートが多く、実際素晴らしい能力を持った人が多いです。あらゆる国の人間と接する中で、中国人や韓国人と日本人はお互いにとても親近感を感じているように思います。

 

「建築家と賠償保険、スペックライター」

米国は訴訟社会と言われますが、・・・事実です。勿論、訴訟に至る前に様々な調停の方法があります。建築家・設計事務所が賠償保険に加入すると、保険会社主催の講習と試験を受け、保険の掛金等が割引にして貰います。契約書を始め様々な設計図書はAIAの書式を基に作成されることが多いですが、特に仕様書(スペックと言います)はスペックライターという専門家に書いてもらいます。仕様書はとても細かく記載され、あっという間に百科事典ぐらいの厚さになってしまいます。

 

「分業化とPM」

上記のようなスペックライターや弁護士だけでなく、様々なコンサルタントが関わっていくのも米国での建築プロジェクトの特徴でしょうか。それ故にコーディネーションに時間が掛かると同時に、全体を総括するPMの責務は重く、そのPM業務も専門会社に委託する場合が少なくありません。

 

「建材メーカーの営業+無料ランチ+AIA単位」

ランチ時間に建材メーカーや諸団体がその専門分野での講義をしに訪れますが、AIA資格保持のための必要単位と連携させている場合が多いです。新製品の営業も絡んだフィルターのかかった講義内容ですが、無料ランチを提供してくれるので若手を中心に結構な人数が集まります。メーカーにとっても、一度に営業を済ませられるので、効率が良いのでしょう。

 

渡米した当初は、色々な事にカルチャーショックを受けましたが、今は「それもアリかな」と笑って大抵のことを受け入れています。

書きっ放しになってしまいましたが、四方山話だと思ってどうぞお許しください。「インチ法での精度の限界」「日本と多少違う設計プロセス」「現場の交通誘導員は誰がやるのか」など他にもネタはありますが、次回にご期待くださいませ。

米国での建築設計実務の進み方 [COLUMNS,お役立ち情報]

 

様々な建築設計プロジェクトの進め方があると思いますが、私の経験の例を幾つか挙げながら米国での建築設計実務の流れをプロジェクトマネージャーの実務として記してみたいと思います。

 

 

米国での建築プロジェクトマネージャー

 

米国ではプロジェクトマネージャー(PM)が中心となって建築プロジェクトを進めます。PMはそのプロジェクトを成功させるためにスケジュール・コスト管理・チーム編成・全ての交渉の責任、その他プロジェクトに関わる一切の事を面倒見ます。建築家は設計事務所内ですらPMの下に属して機能する事になります。PMとプロジェクトアーキテクト(PA)の役割分担が明確に分かれて機能しているかどうかとPMの実力がプロジェクトの成功の鍵です。PMには勿論、豊かな経験が必要だと思いますが、高度機能を求められる現代建築状況を踏まえると人間の短い一生のうちに全ての知識を身につける事は殆ど不可能に近いのではないでしょうか。それよりもPMにとって大事なのは彼・彼女自身の人格や人望、コミュニケーション能力などが大事なのではと思います。あるプロジェクトのPMは20代で私よりも年下でしたが、彼には誰よりも熱意がありそして精神的にいつもポジティブ、何よりもどんな人にも好かれます。これが彼の最大の魅力です。チームの一員として彼を見ていてこれがPMにとって一番の資質ではないかと思いました。チームには年配で経験豊かなメンバーもいますし社外の構造設計事務所・設備事務所・クライアント・様々なコンサルタントにはもっと手強い相手がいます。それでもプロジェクトに関わる皆がPMに好感を持てれば一致協力して同じゴールを目指す事ができるのではないでしょうか。私自身は現在、建築設計チームの一員として米国で働いていますがいつか素晴らしいPMを目指して自分自身を磨いていきたいと思います。

 

 

 

プロジェクトの段階

 

 

プレデザイン及びマーケティングデザイン (PREDESIGN, MARKETING)

 

将来のお客様・建主(個人、法人、ディベロッパーなど)から依頼された条件やご希望を元に敷地でどのような建築物が構想できるか大胆かつ夢が膨らむような提案を目指します。建築家としては図面等だけでなくお客様に分かりやすくイメージレンダリングやプレゼンテーションボードなどでお互いの夢を共有できるように心がけます。商業施設やホテルなどのホスピタリティー施設を依頼される法人・ディベロッパーであれば必ず、クライアント側に専門のコンサルタントを抱えている事が多いので彼らとのコーディネーションも大事です。

 

 

スキマティックデザイン (SCHEMATIC DESIGN,  SD)

 

基本構想設計と基本設計の中間段階の設計というのが日本ではあてはまるでしょうか。日本でも同じですが、基本構想段階とはいえ、ある程度の建築的な詳細も抑える必要がありますし、設計図書として建主に提出します。勿論、但し書きとして変更の可能性があるということを明記しときます。基本的にアーキテクトはAIAの定めるガイドラインに沿って仕事を進めますのでどの段階でも仕事がホールドになったりキャンセルになったとしてもきちんと履行した仕事や成果物に対して依頼主に対して請求できるようにします。日本では在り得ないと思いますがコピー・プリント・ファックスの一枚一枚まで単価を決めてクライアントに請求することが多いです。打ち合わせ等で出向く場合も1マイルにつき何セントの経費・電話も長距離等で費用がかさむ場合も請求します。日本では基本設計や基本構想段階であれば厳しい競争の中でサービスになりがちですが、米国ではアーキテクトがきちんと請求できるシステムになっていると同時にプロジェクトが本格的に始動する前にあらゆることを細かく建主や協力会社と取り決めておかないと直ぐに訴訟問題に発展します。そして万が一問題が起きた時のためにプロジェクトチームに対して保険も加入することも多いです。

 

 

デザインディベロップメント (DESIGN DEVELOPMENT, DD)

 

デザイン・ディベロップメント(DD)は日本においては基本設計に実施設計の初期段階を足したような段階の内容です。目的としてはスキマティック・デザインで構想した計画を概略で積算できるように発展させると同時に実施設計で変更が発生しない様にするためにデザインを最終的に決定することを目標としています。

 

 

コンストラクションドキュメント (CONSTRUCTION DOCUMENT, CD)

 

実施設計の事をいいます。プロジェクトによっては30%、50%、80%そして最終設計図書として100%のCDを段階的にクライアント・オーナーやコンストラクションマネージメント会社(CM)に提出してバリューエンジニアリング(Value Engineering, VE)の検討材料にしたり、設計料を段階的に頂くために行うことが多いです。一方で70-80%終了段階にGMP(Guaranteed Maximum Price)セットを作成し最終的に仕様及びコストを決定します。GMPセットはパーミット(Permit)セットを兼ねて役所申請に使うことも多く、また鉄骨等の資材やインテリアの機器等はGMPセットを元にあらかじめ発注するので、それ以降の設計仕様変更はコントラクターが(ここぞとばかりに)大幅に価格を上乗せしてきます。GMPセットが事実上のヤマ場なので以降は設計図書の完成度を高めて100%の実施設計図書を作成します。プロジェクトによって設計期間は様々ですがGMPセット以降は約4-6週間で仕上げます。 

 

 

コンストラクションアドミニストレーション (CONSTRUCTION ADMINISTRATION, CA)

 

コンストラクション・アドミニストレーション(CA)は設計監理のことをいいます。私の経験を元に記します。基本的に日本での監理業務を同じだと思いますが、施工業者の工事をクライアントを代理して設計図書通りに施工されているか監理し、施工図(ショップドローイング、Shop Drawing)などを認証します。
パンチリスト(Punch List)という施工改善要望書を作成し施工業者に施工のやり直し、改善、補修などを指示します。

 

 

 

その他

 

 

BRA(Boston Redevelopment Authority)との交渉

 

BRAとはボストンにおける開発を監督する団体で、日本の建築行政の都市計画課、建築指導課など建築関連部門と歴史保存協会などが一緒になったような組織です。法規をチェックするのみでなく景観的な配慮、既存都市への影響の検討などを主観的にBRAの担当チームが徹底的に意見を出し指導をします。最近のBRAには保守的な考え方を持たれている方だけではなく、新しいもの・今までとは違ったものを受け入れてくれる方も増えてきているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

米国で主に使用する図面縮尺、用紙2022.01.05 [COLUMNS,お役立ち情報]

2種類のスケール

アジア・ヨーロッパはミリメートルを基本としたメトリック表記が標準ですが、米国はインペリアル表記を使用します。元々は肘から手首までの長さを1FOOTと決めたそうです。米国でも他の国と同様にメトリックに切り替えるはずが、インチ・フィートその他量、重さなどを測る既存のシステムがあまりに浸透して事実上不可能ということで、10進法でない米国独自の単位を数多く使用してます。(考えてみれば国際社会の中で米国だけのシステムというのは意外に多いのではないでしょうか。)日本では古来からの尺スケールをメトリックと上手く共存させています。関東と関西、そして九州ではモジュールが違っていましたが、メトリックで正確に変換することができるようになりました。建築部材や各地域の建築工事では依然として尺スケールを基準としていますが表記ではメトリックを使用することが多いです。私自身は1尺(約303mm)と1FOOT(約304.8mm)を同じスケールとして頭の中で置き換えて最初の頃はスケールをつかんでしました。どんな計測方法でも長い年月で培われた素晴らしい歴史を知る事によって単なる数字以上の意味を見出せるのではないでしょうか。私も計測方法についてマダマダ勉強が足りません。

エンジニアリングスケール(ENGINEERING SCALE)

都市計画や大規模プロジェクトのマスタープランニング等で使います。スキマティックデザインなどの設計初期段階でも使います。測量図なども小数点表記でこのスケールを使います。例えば、10′-6″=10.5’となります。

米国インペリアル縮尺 メトリック縮尺 主に使用する図面
1″=20′-0″ 1:240  
1″=40′-0″ 1:480 メトリックでの1:500の扱い方です
1″=50′-0″ 1:600  
1″=80′-0″ 1:960  
1″=100′-0 1:1200 アーバンプランニングの初期設計で便利です

 

アーキテクチュラルスケール (ARCHITECTURAL SCALE)

本来の12進法の1foot=12inchの縮尺で建築図面で通常使うスケールです。分母に使える数字は2、4、8、16、32だけなので、10進法のエンジニアリングスケールと12進法のアーキテクチュラルスケールを正確に変換するのは難しい場合が多いです。AutoCADでこの2種類のスケールを共存させる時は単位の詳細度合の調整が必要です。

米国インペリアル縮尺 メトリック縮尺 主に使用する図面
1’=1′-0″ 1:1 悩んだ時は原寸図を描きなさいと、吉村順三氏はおっしゃったそうです
6″=1′-0″ 1:2  
3″=1′-0″ 1:4 部分詳細図
1-1/2″=1′-0″ 1:8 部分詳細図
1″=1′-0″ 1:12  
3/4″=1′-0″ 1:16  
1/2″=1′-0″ 1:24  
3/8″=1′-0″ 1:36 平面、断面・矩計、階段その他の基本詳細図面
1/4″=1′-0″ 1:48 平面、断面・矩計、階段その他の基本詳細図面
3/16″=1′-0″ 1:64  
1/8″=1′-0″ 1:96 基本図
3/32″=1′-0″ 1:128  
1/16″=1′-0″ 1:192 基本図、全体図面、計画概要図や防災計画、法規関連設計図面
1/32″=1′-0″ 1:384 この縮尺以下はエンジニアリングスケールを使用

 

主に使用する用紙

アジア・ヨーロッパはAサイズ用紙を主に使用しますが、米国では変則的な倍率で大きさが変わる用紙を使用します。ご存知のようにAサイズの縦横比率は正方形の1辺と対角線の長さの比例(1対1.414)で出来ています。以下に米国で建築設計図書に主に使用する用紙を記します。

用紙の名前 サイズ(inch) 説明
LETTER 8-1/2 X 11 エイトハーフイレブン。A4同等に使用され建築に限らず最も一般的
LEGAL 8-1/2 X 14 建築設計図書で殆ど使用しません。作品集などに面白いかもしれません
TABLOID 11 X 17 イレブンバイセブンティーン。A3同等に使用されてます
ARCH. A 9 X 12 殆ど使用しません
ARCH. B 12 X 18 ARCH.Dの50%縮小版として利用することが多いです
ARCH. C 18 X 24 A2(594mm x 420mm)に近いです。ARCH.Eの50%縮小版
ARCH. D 24 X 36 フルサイズ図面として使用します
ARCH. E1 30 X 42 フルサイズ図面として使用し、50%の15X21用紙もよく使用します
ARCH. E 36 X 48 A0より大きく、扱うのが大変です